2005年12月から2006年5月までの日記はこちらにあります。#上記のリンク先ではコメントの書き込みが出来ませんのでご了承ください。
Jul 30, 2010
法テラス
ちょっと一息
今朝は久しぶりに少し涼しさを感じる朝であった。夜中に雨が降っていたようで,地面は濡れていた。日中の日差しにもやわらかさを感じた。連日,30度以上,いや体温近くの気温の日ばかりが続いていたので,ほっとし一日となった。実は,午後から予定していた県外出張をとりやめていたのである。この確保できた空白の時を使って,溜まっている仕事をいくつか仕上げた。こうした,予定に前日に組み替えていたので,きょうは,ラフな服装で事務所にでかけたのである。服装一つで気分はずいぶんと変わる。先週の日曜日にはアロハシャツを着て事務所にでて少し仕事をした。同じことをしていてもずいぶんとリラックス感を得られるのである。美しい海を思い浮かべながらの仕事である。
すませた仕事のひとつにロサンゼルス在住の方の依頼案件があった。元はと言えば,私のこのホームページを見ていただいていて,トラブルの相手が岡山に居住している人であったので,事件の依頼があったのである。2年ほど前に事務所にこられた。その時の相談のあった案件について,メールでの受任依頼なのであった。この方の住んでいるところは,長男が1年半ほど住んでいたところの近くであり,犬を連れて良く散歩していたとのこと,きっと長男ともその時には近くで出会っていたかも知れない人であった。世間は狭いものだと感じていた。5月末にロサンゼルスにでかけ,かつて長男が住んでいたレジデンスがあるビーチにも案内してもらった。落ち着いたリゾート地,住宅地であり,視界すべてに太平洋が広がる雄大な景色に圧倒された。そして,その日差しの強さと澄み切った乾燥した空気の明るさは印象的であった。今日のロサンゼルスからの依頼事件を処理しながらあの光景を思いだしていた。服装からばかりではなく,メールの主の発信先から,リラックスした気分のなかで仕事ができた。
Jul 28, 2010
千葉法務大臣が死刑執行
死刑が執行された。千葉さんが法務大臣であるかぎりはきっと死刑執行はないと考えていた。前から死刑制度には反対の立場をとっていたからだ。しかし,法務大臣である以上,現行法制の否定はできない。だから黙って任期の終わるまで死刑の執行をしなければ良かったのである。自分の信念の表し方が,結果的にみるとほんとにその信念があったのだろうかと疑わざるをえない。
とはいえ,死刑制度については,国民の80%以上が賛成しているという現実がある。死刑制度の存否は多数決で決めるべきものでもない。国会議員のなかでも死刑廃止論者は少数である。これが多数を占めていればとっくに死刑制度は廃止されている。にも関わらず,党派党略で民間人の大臣がすべきことでなかったなどと千葉法務大臣を批判している。そう批判している人が死刑制度の問題にいままでどのように関わってきていたのだろうかと考えるとこれまたおかしな話だ。もともと死刑制度が日本の法制度として存在し,死刑判決がなされている以上,普通に考えれば法務大臣が死刑執行するのは当然だからである。私は,千葉さんが信念をもった法務大臣であると思っていたからこそ,失望したのである。死刑廃止,あるいはただちに死刑制度の停止などが具体的展望がもてる仕組みをつくって辞めるなら,まだ怒りは収まる。
私は,死刑は廃止されるべきであると考えている。まずは国が殺人を犯してはならないということである。これは法律の問題ではなく信念の問題であり,現代国家の理念としてあってはならない制度である。憲法上の問題でもある。現実的な場面では,誤審の問題として取り上げられることもある。日弁連は,直ちに死刑を停止し,検証すべきであると提言している。国会がもっと真剣にとりくむべき問題である。千葉法務大臣を非難だけして終わる問題ではないはずである。
講演準備に,法科大学院に,,,,,,。
切羽つまらなければなかなか仕事が進まない。逆に追い込まれるとそれだけ集中してやれるとも言える。土曜日,日曜日と準備書面を準備していた。そのどれもが完成していない。じっくりと記録を読み直して準備をしていると,事情聴取の穴が浮かび上がってきて前に進めなくなるのだ。来週に請けている講演のレジュメづくりにも着手していた。月曜日には完成させておきたいと思っていたのであるが,日曜日の夜にやっと概略の骨子ができあがった。資料等についてはさらにこれからつめていかなければならない。月曜日にはこの骨子にいくぶん肉付けができたところまではできた。そのような状況であったところ,今日中に講演レジュメが欲しいとの連絡である。朝から添付する資料づくりやら原稿などを仕上げて,事務にあとはお願いした。それでも指定されたきょうまでには完成できてメールで資料の送付を終えた。
こんな作業をしているところに,裁判所からのFAXである。書面提出の予定となっている事件の書面提出をお忘れ無くとの催促の連絡である。この準備は,依頼者と既に打ち合わせ済みなので,内容的には頭の中にあることを書面化していく作業でこなせる仕事である。しかし,時間がない。午後からは法科大学院の講義である。きょうは前期の最終日で試験である。これ幸いにと記録とパソコンを持参し,試験監督をしながら準備を進めた。事務所にかえっていくつかの雑用をすませていると弁護士会から委員会の連絡があった。既に開始時間は過ぎている。あわてて出かけ,委員会終了後の事務所で未完成の準備書面を完成させた。これで,裁判所からの催促のあった書面の提出は朝一番で終了できる。土曜日からなかなか進まないでいた3つのことが一気に片づいた。こんな状況は,毎年の夏休み終了間近の数日間のできごとを思い出さされる。
明日は,午前中に調停事件,昼間にあるショッピングセンターのデベロッパーと店子との紛争の協議が私の事務所で行われる。その後1件の他の弁護士との協議が終了すればあとは病院に出向く。ある老人性病気の手術の術前の検査と説明である。この手術を偶然にもつい先だってに同じ病院で同じ主治医で母が受けている。早い老化というのだろうか。いつまでも,無理はできない状況になっているとは思うが,なかなか楽にはなれない。まだ,夏休みの終わりのころのスリルが楽しめる間は,頑張れるだろう。
Jul 27, 2010
それは,司法のあり方の問題として
先日の山陽新聞トップに新人弁護士の厳しい就職状況が報道され,弁護士となっても仕事がなく,受験時代からの借金を背負っての厳しい経済状況が続くことが記事になっていた。これが,新聞のトップを飾る記事だろうかと,見識を疑うものである。このセンセーショナルな扱いは,読者の注目を集めて,売れることになるのかもしれないが,週刊誌的な扱いのように思えた。しかし,指摘されている事実は現実にあることは事実だ。
この問題は,日本の3権の一つである司法のありかたが問われている問題だとの基本的なとらえ方が必要である。司法は裁判官,検察官,弁護士の法曹によって支えられている。司法のあり方として,「法曹一元」などの理念が語られたりしている。その一角の弁護士の世界にいま起きていることである。その司法を担うべき法曹の養成は,まさに国家の責務の一つである。その法曹の数が日本の司法のあり方として,健全な数なのかどうか,質はどのように確保されているのか,その司法はどのような方向を目指しているのか,その視点を欠いた記事はしょせん興味本位の記事でしかない。
戦後の長い間,法曹になるためには司法試験に合格しなければならなかった。法科大学院に進学する必要はなかった。しかし,合格率2パーセントという多くの人にとって過酷な受験生活の末やっと合格し,2年間の司法修習は準公務員として給与の支給を受けて養成された。現在は,大学を卒業し,法科大学院に進学して卒業後に司法試験を受け,1年間の司法修習を受けるが給与はこの11月から貸与制になる。そのため,その1年間の司法修習の間にもさらに借金を増やすという結果になる。法科大学院時代の学費,生活費などある程度経済的に余裕がないと法曹を目指すことが難しくなってきたといえる。経済的に恵まれた人だけが法曹になるか,あるいは法曹になるまでに多額の借金を抱えてその借金を返済するために,金に使われて働く弁護士となってしまうか,法曹の質に変化が生じかねないことが起きているのである。
一方,弁護士過疎地と言われているところはまだある。裁判が長期化している原因に裁判官不足が言われている。検察官も慢性的に不足している。弁護士食えない論を興味本位で語るのではなく,いま,まさに日本の司法のあり方,法曹の理念が問われていることを認識すべきである。
Jul 23, 2010
議院会館
議院会館が新しくなって,引っ越しがなされたニュースが流れていた。新しいところは,今までのところよりも数倍の広さがあり,その雰囲気も豪華であるとか。そのことが,無駄遣いではないかというのが各報道の視点である。
今までの議員会館の議員の部屋は,ドアを開ければすぐのところに秘書の机があった。コピー機やFAXなどが置かれていて,その部屋にはもはやそれまでで,その他のスペースはなかった。そして,その奥にすぐに議員の座る机と椅子。その前に応接セットが置かれてそれで一杯だ。どこで仕事ができるのだろうか,どこで,打ち合わせをするのだろうか,国会議員はそんなにも資料が手元になくても仕事が可能なのだろうか、秘書もかろうじて座るところがあるという感じであった。その2部屋だけで,その他に全く余裕のない状況であった。
多くの国会議員の東京事務所を兼ねる議員の働く場所が,そのようなところでは恥ずかしいかぎりであると思っていた。もっと広くて当たり前だし,国政を預かる人々が日夜仕事のベースとするところであれば,それなりの格式は必要である。議員定数削減の意見がでているなかでの改修にも異論があったようだ。いつのことになるやもしれない状況で,それを待つというのもどうだろうか。国会議員の活動のベースがこのくらいの広さが確保されて,これくらいのセキュリティが確保されて,これくらいの格式があってもそんなに目くじらをたてることはないのではないかと思った。経費節減となんでも非難すれば,ウケがいいとの報道姿勢のように感じられたが,どうであろうか。
古い議院会館にはじめてはいったのは、18才の時である。大学入学手続きをするときに、東京での保証人2名を必要とした。父の指示で地元出身のふたりの国会議員のところに保証人をお願いしに行ったのである。ひとりは、岡山1区の現職議員の祖父にあたる議員であった。役所に勤務していてなにかと接触があったみたいであった。その日のうちに大学入学の手続きを終えて、大学の紹介で下宿も決めて岡山に帰った。電車にのるのも外国にでもでかけたような緊張感をもって過ごした東京での一日であった。与党は自民党以外になることはないと思われていたころのことである。そのころの国会議員にはあのスペースでもきっと十分だったのだろう。世界は大きく変わり、グローバル化し、東京との距離感もずいぶんと違う。新しくなった議院会館は、今の国会議員の活動を十分に保障するものとなっているだろう。秘書をしている長女も参議院選挙のさなか、引っ越し準備もあったようだ。その変わり様を一度は見にいってみよう。
Jul 22, 2010
倉敷2往復
倉敷2往復であった。一番が倉敷だとは気づかず,事務所にでかけ,慌てて倉敷へとでかけた。時間に確実に間に合うためには高速を使った方がいい。一般道を使ってもほとんど変わらないのであるが,高速道は信号が少なく,確実に時間が読める。高速道にでるまで,途中の信号が運良くいつもの方向とは異なる方向にうまく青信号となったので,そちらに向かった。信号の数は少ないと思った。夕方は良く混むことが予想されていた道であったが,距離も近いと考えてそちらの道を選択した。ところが,渋滞である。この方向は信号の青の時間が短い。なかなか通過できない。裁判所には遅れるだろうとあらかじめ電話をいれた。あと5,6分で着くところであと10分以内には着くとの電話を入れ,結局4分遅れで到着した。9時50分から10時までと指定されていた事件で9時4分に法廷にはいったのだから,どうにか許される時間ではあった。しかし,相手方の弁護士は私が遅れるかもしれないという連絡をいれたので,法廷から席を外していた。結局,もう一つの9時50分の私の事件をすませて,相手方の弁護士を待つ結果となった。
一般道を使って事務所に帰り,30分ほどしてまた倉敷である。今度は時間の余裕があったので一般道である。昼食は急ぎの定番,回転寿司であった。座ればすぐに食べられて時間をみながらペースを決められる。2時間30分の証人尋問にでて,すぐにまたまた岡山である。岡山の事務所で徳島地裁からの電話会議による弁論準備手続きである。これも確実に到着しないといけないので高速道を使った。スピードをだし,距離も一般道よりも長くなっているはずなので,エコではない。こんなことで高速道を使うことは気になるところではあるが,メキシコ湾のあの無駄遣いと環境汚染のことを考えればかわいいものだとも思い,そんなに罪悪感を覚えないで高速道をとばした。それでも,時間はぎりぎり間に合った感じであった。事務員がいつ帰ってくるだろうか,先に裁判所から電話がかかってこないだろうかとヤキモキしていたようだった。こんな時に決して慌てないように特に気をつかっている。もし,事故でも起こせば,私の調書にはその過失を明らかにするために「私は,4時30分からの裁判所からの電話会議に間に合うように帰らなければならないので,つい急いでいました,,,,,。」などと過失の状況について書かされるはめになることになるのは眼にみえているからである。こうして運転していると,よく過去扱った事件のケースが思いおこされ,それが事件となるときはどのような調書になっているかを身につまされるように思い起こされるのである。
昨日ときょうは法廷事件がなかった。裁判所も夏休み体制にはいっていて,開廷されている法廷が半減されているからかもしれない。午後は法テラスの審査を担当していた。法テラスに援助のある申し込み案件について,2名の審査委員でその可否と援助金額を決定するのである。法テラスの申し込み件数も増えてきているようであり,いまから申し込んでも,空いている審査委員会までたいてい1ヶ月以上の期間を空けることになる。かなり浸透してきたようで,私の事務所へも最初から法テラスに援助を申し込みたいとの趣旨を明らかにして,相談に来られる方もいる。
今日の審査案件は留学生の交通事故,離婚関係,多重債務問題とまさに世相を表している内容であった。法テラスの扱い事件数が事務所としても増えてきていることを実感するが,それだけ社会のニーズに応えられていることではないかとも評価できるのではないかと自己満足している。こうした光景をみているとフランクフルトの弁護士会に調査にでかけた時のことを思いだす。ドイツでは法律扶助制度が発達していて約6割の国民が利用できる制度となっている。つまりかなり一般的に利用されているのである。この援助金額は,医療のように点数化されて計算される。弁護士会の大きな仕事の役割は,この単価の値上げを勝ち取ることのようであった。その分,覇気を感じなかった。権力から独立して職務を全うするために戦う弁護士会ではなく,同業者の利益擁護団体のように感じられたのだ。もっとも日本の弁護士制度が世界的にみれば特異性があるといわなければならない。つまり,法テラスの事件が増加して一般化してくれば,法テラスの報酬基準が一般化し,その単価を上げるのが弁護士会の役割などとなってしまうことにはなって欲しくないと思うのである。法テラスが一般化していくことは歓迎するが,そうなることによって,弁護士の報酬を事実上決めて,弁護士会がその基準単価をあげる運動するだけのものとなるような有様だけにはなってはならないと,ふとかつてのフランクフルトでの嫌な感覚を思い起こされるのである。